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ベルリンの壁について

ベルリンといえば壁。
壁なくしてかたれません!!


というわけでベルリンの壁の跡地にいってきました。
ベルリンの壁記録センターです。


DSCF1685.jpg


ぜんぜん高くない。大の大人二人がひょいっと脱走できる感じですね。
跡地は自然公園的なのっぱらといった感じ。
しかし当時の写真や犠牲者の方の墓標がありました。

DSCF1679.jpg

DSCF1692.jpg

当時の写真がでかく張り出されてます。

そしてこれは偶然ですが、私、道に迷って壁の末端までいったんです。
ようは東に歩いたわけですが・・・


DSCF1694.jpg


この写真しってる!!!有名な兵士の写真!!???

調べると壁が出来る前に亡命した兵士の写真だそうです。
有刺鉄線を飛び越える。


DSCF1696.jpg

そう。これは遠い昔話ではない。

たかだか20年前の話。

当時、私も幼かったけどこの事件はすごい騒がれていたのを覚えております。
じつは、ドイツに来る前、ベルリンの壁は興味なかったのですが、
調べていくうちにすごいなあと感嘆しました。



ベルリンの壁についての豆知識。

ガイド本「1989年11月9日、当時の東ドイツ政府のスポークスマンが
「個人の国外旅行は理由を問わず短時間で許可する」と国民の自由な海外移動を認める
法律緩和があって、民衆が殺到→一気に崩壊。となったでやんす」




なんと!民衆の手で崩壊したんですね!!
というか政府ももうなし崩し状態だったんでしょう。




これをネットで調べるともっと面白いことが!


・第二次世界大戦終る。ドイツ、西と東にわかれる。
 東はロシア、西はイギリスとか(じつは西は複数国に分断されてる)統治。
 西はもっと細かく統治されてた。

・最初は行き来自由。しかし、東の人が西に行きまくる→こらあかん。
 壁を突然つくる。

・壁は一夜にして作られた。

・壁はむこう100年は壊さないことを発言する政府ども。

・でも65歳以上は亡命していいよとかぬかす。
(なぜなら~年金払わなくていいからでぃーす!)

・じつはベルリンの壁は東ドイツのベルリン市内を西と東に分断していたもの。
つまり、西ベルリンは西ドイツの飛び地。私はベルリンの壁は国境かとおもっとった。
(国境には違いないけど・・・)

・件の海外緩和法案は9時間後に発表する予定がすぐに発表したため、民衆が
壁に殺到→崩壊へ。



nuko0039.jpg


ようするに、ベルリンの壁は西ベルリンを囲んだもの。
東ドイツの領土にあるから仕方ないけど、ロシアは西ベルリンを孤立化
させようとしたとか。
物資については問題ないが、見るかたによれば東ドイツにあってはならない
領土でありそれを可視化したのではないだろうか?

嘘も方便(ちょっとニュアンス違うけど)というか、
訴え続ければ善になるというか。

私はロシアが西ベルリンの領土を取ろうとしたという
意図があったように思うのだけど、どうだろうか。



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